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東京地方裁判所 昭和53年(ワ)11088号 判決 1980年5月19日

原告

石下静

外二名

原告三名訴訟代理人

山本潔

被告

鉄道サービス株式会社

右代表者

堤博一

被告

堤博一

右両名訴訟代理人

芹沢力雄

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告鉄道サービス株式会社は、原告石下静に対し、金一八一四万六八二一円及びこれに対する昭和五三年一一月二一日から支払済まで年五分の割合による金員を、同石下裕子、同石下由美に対し、いずれも金一五三二万三三二三円及びこれに対する右同日から支払済まで右同割合による金員を、それぞれ支払え。

2  被告堤博一は、原告石下静に対し、金一八一四万六八二一円及びこれに対する昭和五三年一一月二七日から支払済まで年五分の割合による金員を、同石下裕子、同石下由美に対し、いずれも金一五三二万三三二三円及びこれに対する右同日から支払済まで右同割合による金員を、それぞれ支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  本件事故の発生

訴外亡石下幹雄(以下「亡幹雄」という。)は、被告鉄道サービス株式会社(以下「被告会社」という。)の従業員であつたが、昭和五三年七月二二日午前一〇時五五分頃、被告会社工場内において、被告会社の占有し、所有する製麺機(以下「本件製麺機」という。)を使用して、製麺作業に従事していたところ、右製麺機の攪拌器に右腕を巻き込まれ、内臓破裂により即死した(以下「本件事故」という。)。

2  責任原因

(一) 被告会社の責任

(1) 工作物責任

(ア) 本件製麺機は、上部の攪拌器、下部のローラー及び電動機からなり、攪拌器は長さ約1.7メートル、直径約三〇センチメートルの同筒型で、中心に鉄棒が一本通つており、これに短い鉄棒が放射状についてみて、電動機から動力のチェーンによつて中心の鉄棒に伝わり、これが回転する構造になつており、右攪拌器で捏られた原料が下部のローラーによつて製麺されるように工夫されているもので、鉄製の機械であつて、被告会社工場内の土間に接着して設置されていたものであり、民法七一七条第一項にいう「土地ノ工作物」に該当する。

(イ) しかして、本件製麺機の設置保存については、次のような瑕疵があつた。

(a) 本件製麺機は高さが約1.7メートルあり、亡幹雄は身長が約1.6メートルしかなかつたため、同人が本件製麺機を操作するためには、木製の踏台(幅約三〇センチメートル、長さ約一メートル、高さ約六〇センチメートル)に上らなければならない構造になつていたものであり、又、右踏台付近では、他の従業員が揚げ物を調理していたため、油抹が飛散し、踏台はその油で汚れ、足が滑りやすい状態であつた。

(b) 本件製麺機のうち、攪拌器と電動機は前記の通りチェーンで連結されていたので、万一、本件のような事故が発生しても、攪拌器は容易には停止しない構造になつていたもので、ベルトにより動力が伝達される構造になつておれば、攪拌器は事故発生と共に停止していたはずである。

(c) 本件製麺機のスイッチ類は、操作者から離れた位置に配備されていたため、事故が発生しても、右の操作者自身において直ちに機械を停止させることができない状態であつた。

(ウ) 本件事故は、以上のような本件製麺機類の設置保存の瑕疵により生じたものであるから、被告会社は民法第七一七条第一項による責任を負う。

(2) 債務不履行責任

被告会社は、雇傭契約に基づき、使用者として、従業員たる亡幹雄に対し、その生命及び健康を作業上の危険から保護すべき安全配慮義務を負つていたのに、これを怠り、亡幹雄をして前記の通りの瑕疵ある本件製麺機を使用させ、よつて本件事故に遭遇せしめたものであるから、同社は民法第四一五条による責任を負う。

(3) 不法行為責任

被告会社は、又、本件製麺機につき前記のような瑕疵のない状態で、亡幹雄を作業に従事させるべきであつたのにこれを怠つた過失により、同人を本件事故に遭わせたものであるから、同社は民法第七〇九条による責任をも負うものである。

(二) 被告堤博一(以下「被告堤」という。)の責任

被告堤は、被告会社の責任者であり、又、本件製麺機の考案改良者であつて、前記の如きその構造上の危険性を熟知していたものであるから、右機械の危険性を除去して、従業員の生命の安全を保つよう監督・指示・配慮すべき義務があるのにこれを怠つた過失により、本件事故を招来せしめたものであるから、同人は民法第七〇九条による不法行為責任を負う。

3  原告らの損害<省略>

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2一(1)(ア)の事実中、攪拌器の長さが1.7メートルである点は否認し(右の長さは約1.5メートルである。)、本件製麺機が民法第七一七条第一項にいう「土地ノ工作物」に該当する旨の主張は争うが、その余の事実は認める。同(イ)(a)の事実中、踏台に油抹が飛散して汚れており、足が滑りやすい状態であつたという点は否認するが、その余の事実は認める。同(イ)(b)の事実中、本件製麺機の攪拌器と電動機がチェーンで連結されていた点は認めるが、その余は否認する。製麺機のようにかなりの力で攪拌しなければならない機械では、ベルトによる動力の伝達では用が足りず、チェーンによる動力の伝達が通常一般に行われている。同(イ)(c)の事実は認めるが、機械を停止して作業中にあやまつてスイッチ類にふれて機械を作動させ、これに巻き込まれるという事故を発生させないために、スイッチ類は機械から離れた位置に設置しておくべきものである。しかも本件製麺機自体が相当程度に大きなものであるから、原告主張の如く、操作者がどこで作業していても手の届く位置にスイッチ類を配置することは実際上も困難である。同(ウ)の主張は争う。

同2(一)(2)、(3)の主張は争う。本件製麺機の取扱いについては機械購入後直ちに亡幹雄にその操作を覚えさせ、爾来同人がその操作に当たつてきたものであるが、当初はもち論、その後も折にふれて機械の作動中に攪拌器に手を入れたりしてはならない旨注意していた。しかも、本件製麺機は、材料等が一定量ずつ自動的に攪拌器に送り込まれる構造になつており、又、攪拌器には蓋が付いていてごみなどが入ることは考えられないから、機械の作動中に攪拌器の中に手を入れる必要は全くない。しかるに亡幹雄は作動中の攪拌器に右腕を巻き込まれ、本件事故が発生したものであつて、被告らの過失を考えることはできない。

同2(二)の事実中、被告堤が本件製麺機の考案改良者である点は否認し、主張は争う。

3  同3の事実中、亡幹雄の本件事故直前三か月間の賃金及び昭和五二年一二月分の賞与に関する原告主張事実及び原告らの身分関係は認めるが、葬祭費用の点は否認し、その余の事実はすべて知らない。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因1(本件事故の発生)の事実は当事者間に争いがない。

二次に、被告会社の責任原因について検討する。

1  工作物責任について

(一)  請求原因2(一)(1)(ア)の事実中、攪拌器の長さ及び本件製麺機が民法第七一七条第一項の「土地ノ工作物」に該当するという点を除く、その余の事実、同(イ)(a)の事実中、本件製麺機の高さが約1.7メートルであり、亡幹雄の身長は約1.6メートルであつたから、同人が本件製麺機を操作するためには、木製の踏台(幅約三〇センチメートル、長さ約一メートル、高さ約六〇センチメートル)に上らなければならない構造になつていたこと及び同(c)の事実は当事者間に争いがない。

右当事者間に争いのない事実に、<証拠>を総合すると、次の事実が認められ、この認定を左右するに足る証拠はない。

本件製麺機は、東京都板橋区前野町一丁目四〇番九号に所在する被告会社工場兼事務所(二階建)の一階部分の製麺工場の中央部よりやや奥の方に設置されており、粉を供給し、粉と水を混合し練り合わせるミキサーを主体とする部分と練り合わせた原料をローラーにかけて圧延し切り出すローラーを主体とする部分に分かれている。

まず、ミキサーを主体とする部分は、一階の天井に接して装置された防虫網、サイクロン、これに通ずる粉供給パイプ、サイクロン下部に接して装置されている粉体定量供給装置、その下部にある粉水混合機、更にその下部に左端が連結するミキサー本体とからなり、ミキサー本体はタイル張りの床面に置かれた幅九八センチメートル、奥行一二八センチメートル、高さ約一〇〇センチメートルの鉄製アングルの台の上にボルトで固定して設置されている。ミキサー本体はミキサーと三馬力のミキサー駆動モーターとからなり、ミキサーの上部にはステンレス製の上縁がとりつけられており、その長さは一二七センチメートル、幅は四三センチメートルであつて、これにステンレス製の上蓋(本件事故発生当時は四枚一組の上蓋であつた。)をするようになつている。ミキサーの内部は内径29.5センチメートル、長さ一二一センチメートルの円筒型で中心に直径六センチメートルのシャフトが通つており、これに幅三センチメートル、長さが一二センチメートルの鉄製角型棒の羽根一八枚が等間隔を置いて放射状にややねじれた形で取り付けられており、ミキサーのシャフトはミキサーの外側でミキサー駆動モーターとチェーンで連結されており、作動中は一分間七〇回転の速度で回転する。ローラーを主体とする部分は、ミキサー右端の下部に設置されており、幅六二センチメートル、奥行約一二八センチメートル、高さ九〇センチメートルのローラーが前記鉄製アングル台の右側に接続し、床面に固定されて設置されており、その後方にローラーによつて圧延された原材料を細かく切り出す切出しと茹釜が接続している。

前記鉄製アングルの前面高さ五八センチメートルの所に長さ97.5センチメートル、奥行二七センチメートルの木製踏板が鉄製アングルから鉄製鎖によつて水平に吊されてあり、ミキサー内部の掃除等の際作業者は右踏板に乗つてすることになつている。

本件鉄製麺機を作動させるスイッチは、前記ローラーの右側約二メートルの壁面に配電盤と共に取付けられている。

なお、本件製麺機から約1.8メートル離れた奥の方に天ぷら等を揚げるフライヤー二基が設置されている。

本件製麺機は昭和五二年夏頃被告会社が購入した全自動方式の製麺機であつて、水、粉の目盛を適宜、調節した上、スイッチを入れて作動させると、粉は粉供給パイプから空気でサイクロンに送りこまれ、サイクロンで粉と空気が分離し、粉は粉体定量供給装置から定量ずつ粉水混合機に入り、同様に定量ずつ送りこまれて来た水と同機内で混合攪拌され、これがミキサー内に送りこまれて更に攪拌され、排出口を通してローラー内に注入され、圧延、切出しがなされるに至るという、麺製造の全過程が自動的に行われる製麺機であつた。

被告会社は、本件製麺機により、上そば、並そば、うどん、中華そばを製造していたが、通常作動しているときは、ミキサー内にはその容積の三分の一位の原材料が入つていて攪拌されながらローラーへ押し出されて行くが、本件製麺機の性質上ミキサー内にある原材料のすべてが自動的に排出されてしまう訳ではなく、常時底部に相当量の原材料が残るので、他種の麺類を製造するときには、一旦機械の作動を止めてミキサー底部に残つている原材料を手でかき出す必要があつた。

亡幹雄は、昭和五〇年四月一四日、被告会社に入社し、同年七月一日から製麺作業に従事し、当時あつた旧式の製麺機を操作していたが、被告会社が本件製麺機を購入してからは、亡幹雄の休業時に被告会社の工場長が操作する外は、専ら本件製麺機の操作に当たり、当初は水と粉との混合割合の調節を誤まることもあつたが、本件事故発生当時には、その操作に習熟するようになつていた。

本件事故が発生した昭和五三年七月二二日午前一〇時五五分頃、亡幹雄は、本件製麺機の操作に従事していたところ、前記ミキサーの上蓋を取り除き、前記踏板の上に乗つて、作動しているミキサー内に右手を差し込んだため、前記シャフトに右腕を巻き込まれ右腕を強打して悲鳴をあげ、近くのフライヤーで作業していた従業員から急を聞いて被告会社代表者が二階の事務室から駈けつけたときには、亡幹雄の右腕全体がシャフトに付いている羽根と羽根の間に狭まれてシャフトに巻き付き右胸部がミキサー上部の縁に強く押し付けられているという状態であつたが、ミキサー駆動モーターは、三馬力を超える過負荷がかかる時は自動的に停止する装置が付いていたため、自動的に停止していた。被告会社代表者は、手でシャフトを逆転させて、シャフトから亡幹雄の右腕を抜き取り、救急車で板橋区常盤台所在の常盤台外科病院に運んだが、亡幹雄は、同日午前一一時一五分頃同病院において右上肢及び右胸部挫滅(出血)により死亡した。

なお、右事故発生当時、ミキサー内には並そばの原材料が四分の一程度残存しており、上そばの製造に切替える時期が近かつたことを示していた。

(二) そこで、まず、本件製麺機が民法七一七条第一項にいう「土地ノ工作物」に該当するかどうかの点について判断するのに、民法第七一七条が、いわゆる危険責任の法理に基づき、危険性の高い、土地を基礎とした工作物を管理又は所有する者に対し、その設置保存の瑕疵により他人に生ぜしめた損害の賠償の責めに任ずべきことを法定した趣旨からすれば、前記認定の如き構造を有し、且つ被告会社工場の床面に接着して設置されていた本件製麺機は、同条にいう「土地ノ工作物」に該当するものと解するのが相当である。

(三) ところで、原告らは、本件製麺機のミキサー内部の清掃等をするため、前記踏板に上らなければならない構造となつていること及び右踏板が油で汚れ、足が滑りやすい状態であつたことをもつて、本件製麺機の設置保存に瑕疵があつたとするもののようであるが、前記認定のローラー、ミキサーの形状及び両者の関連からすれば、ミキサーの設置場所を前記認定の位置より低くすることは実際上不可能であり、通常人がミキサー内部の清掃をするために前記踏板等を利用しなければならないことはミキサーの位置、形状からすれば当然の事理であつて、本件製麺機の高さが亡幹雄の身長を超えるものであるため、同人においてミキサー内部の清掃等をするためには前記踏板に上らなければならない構造であつた点をもつて本件製麺機の設置保存の瑕疵に当たると解することは到底できないし、又、右踏板が飛散した油抹で汚れ、足が滑りやすい状態であつたと認めるに足りる証拠もないから、原告らの右主張は採用できない。

(四) 次に、原告らは、本件製麺機のミキサーとミキサー駆動モーターとがベルトで連結されておれば事故発生と共にミキサーは停止したはずであるということを前提として、右ミキサーとモーターとが前記のとおりチェーンで連結されていたことをもつて本件製麺機の設置保存の瑕疵に当たる旨主張するが、右ミキサーとモーターとがベルトで連結されていたとしても、各機器が本来の性能を発揮するものである以上、モーターの馬力を超える過負荷がミキサーにかからない限り、ミキサーの回転が停止する筋合ではないから、原告らの主張はその前提において既に失当であるのみならず、被告本人兼被告会社代表者堤博一尋問の結果によると、動力の伝達効率性、機械設備の安全性等の見地からは、ベルト式よりもチェーン式の方が寧ろ優れていることが認められ、又、<証拠>によれば、本件事故発生を契機として池袋労働基準監督署の労働基準監督官が昭和五三年九月五日付をもつて被告会社に対してした事業場改善措置についての指導では、同種の災害再発防止のため、ミキサー内清掃の際にミキサーの運転を停止するよう注意を徹底すること等が指摘されていたが、ミキサーとモーターとを連結するチェーンについては何らの指摘もなかつたことが認められるのであつて、原告らの右主張もまた失当といわざるを得ない。

(五) 更に原告らは、本件製麺機のスイッチ類が操作者から離れた位置に配備されていたことをもつて、本件製麺機の設置保存の瑕疵に当たる旨主張するが、前記認定のとおり、本件製麺機は全自動方式のものであり、機械の作動、停止を繰り返しながら粉、水の量や材料の練り具合を調節する必要がないものであるから、スイッチ類をミキサーの周辺に配備しなければならない必要性は認め難い上、<証拠>を総合すると、前記認定のとおり、スイッチ類を本件製麺機から約二メートル離れた壁面に設置したのは、本件製麺機の取扱者自身のスイッチ操作の過誤の防止や、他の従業員が過つてスイッチに接触する等の事故を防止するために必要であつたからであると認められるから、原告らの右主張もまた採用し難い。

2  被告会社のその余の責任原因(請求原因2(一)(2)債務不履行責任、同(3)不法行為責任)について

原告らの右責任原因に関する主張は、いずれも本件製麺機に前記設置保存の瑕疵あることを前提とするものであると解されるところ、その前提の認められないことは前説示のとおりであるから、結局、右主張もまた採用できない。

三被告堤の責任原因について

原告らは縷々主張するが、本件製麺機が被告堤の考案改良に係るものであるという事実を認めるに足る証拠はないし、又、原告ら主張の如き本件製麺機の設置保存の瑕疵の存しないことは前説示の通りであるから、これらの事実の存在を前提とする原告らの主張もまた失当である。

四以上の次第で、原告らの本訴請求は、その余の点を判断するまでもなく理由なきに帰するから、これらをいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条、第九三条第一項本文を適用して、主文の通り判決する。

(山口繁 上田豊三 佐藤拓)

原告らの損害額の計算の一覧表<省略>

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